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そのエッセイを読んで、「へぇ、そういうものなのかな」と思っていた私は、つい最近まではビール党(といってもピルスナータイプのみだが)だった。 なにしろ、グラッパ(40度以上)をガバガバ飲んでも平気なカラダになってしまったのだ。たくさんの量の酒をガブガブと飲んで酔っぱらうよりも、少ない量で効率よく良い気分になりたい。ビールのように薄い酒を飲んでいるだけでは、いつまでたっても酔いが回ってこない。酔いが回る前に腹が一杯になってしまう。
したがって、最近はもっぱらウイスキー、もしくはバーボン。 会社帰りに安い居酒屋で軽く数杯、といきたいところだが、私が仕事を終える時間というのは、終電終了後ということが多いので、どうしても深夜から朝方にかけて営業している店に足が向いてしまう。
私が勝手に「俺様の隠れ家」と呼んでいるお気に入りの店が都内に3軒ほどある。それぞれ別の繁華街にあるので、その日の気分と都合で店を変えている。 さて、前置きが長くなってしまったが、そして突然なのだが、「俺様の隠れ家パート3(謎)」のカウンターの向こうの女性が恰好いい。男装がサマになるキリッとした女性は恰好がいいと相場は決まっているものだが(「俺相場」ですが…)、彼女も例に漏れず非常に恰好いい。
私は「宝塚」にはまったく興味はないのだが、男装がサマになる女性は好きだ。男装することによる効果なのかどうなのかはよく分からないが、キリッとした雰囲気が漂う。
彼女はバーテンではない。いつもグラスを洗ったり磨いたりしている。その時の目付きが良い。妥協を許さぬ眼差しで、グラスについたほんの僅かな汚れも逃さないぞ、という表情で天井から来る薄明るい光にグラスを照らしている。
しかし、彼女は笑わない。いや、少なくとも私は彼女が笑っているところを見たことがない。
これはあるバーの人から聞いた話なのだが、たとえばちょっとオシャレなバーに一見の客や、店にとってあまり嬉しくない客が来たとする。その客がカウンターの真ん中、つまりバーテンの正面に座ろうとするとどうなるか。たいていのバーでは「奥の席方が空いていますので、そちらにどうぞ」となる。つまり、「俺の正面に座ってくれるな」という遠まわしな意思表示なわけだ。 彼女は、私の存在を綺麗に無視してグラスを丁寧に拭いている。私もなるべく彼女のことをジロジロと見ないように、煙草の煙やグラスの中の綺麗な氷を見つめる。時折チラッと顔をあげて正面を向くと、彼女が変わらぬ表情と動作で淡々とグラスを天井の灯りにかざしている。
気まずさはまったく感じないし、むしろこういった状態で時間の流れ方に身をまかすのも悪くないな、と思いつつ私はウイスキーをあおり、彼女に「もう一杯」と告げる。彼女は一瞬だけ私の目を見て、軽く不機嫌そうに頷き、バーテンに小声でオーダーを告げる。バーテンが私の前に新しいグラスを差し出すと、これをキッカケに彼は私にちょっとした世間話を持ちかける。話が弾みそうになる直前に、彼女はバーテンのことをつっつき「オーダーが入りました」と告げて、私とバーテンの会話は打ち切りになる。
そんな彼女は確かに恰好いいのだが、ちょっとでも微笑めばもっと可愛いのにな、とも思う。ツンとした表情の似合う美人なのだが、この「ツン」もちょっとだけ笑顔になるとものすごくイイ女になるのにな、といつも思う。私の知る限り、彼女が微笑んだ顔は一回も見たことがない。
気さくで、行く度に歓迎してくれる店も確かに良い。
「一人」という状態を楽しむために映画館へ行くという人もいるが、そこまでしなくても軽く小一時間良い気分で「一人」になれるバーが身近にある自分は単純に幸せだと思う。
(記:2000/12/21)
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