西大島のミュージックラウンジにて、久々にベースソロのライブをやった。

ハードロックバンドの合間を縫っての演奏だったので、客層も、とにかく難しいこと抜きに単純にロッケンロールを楽しむアメリカな感じでボョイ〜ンな感じのロック好きなお客さんが中心、のような気がした。

そういう客層の中で、エフェクターやサンプラーを駆使したミニマル色の強い実験的音楽をベース1台でやるのだから、ほとんど、お客さんに対するイヤがらせに近い行為かもしれないが、私、そういうことが昔から大好きなんだよね(笑)。

いや、イヤがらせそのものが好きなんじゃないよ。

主流な空気の中の異物というか、アクセントというか、箸休めというか、カレーライスの上に乗っかっているラッキョ的な存在を放つことが、昔から好きだったんだ。

根っからのアマノジャクなんろうね。

幼稚園、小学校、中学校のときの交友関係もそうだったな、そういえば。

クラスの中で嫌われていたり、孤立したり、イジめられているような生徒って一人や二人はいるじゃない?
存在感がマイナーな生徒。あるいは、集団が醸しだす空気とはそぐわない空気を発散している集団の中では異教徒的な生徒。

私はそういう子たちとばかり仲良くなったし、そういう子たちから慕われることに快感を見出していたから。

そういう子と仲良くなれる自分は人格者だと思っていたし(笑)、そういう子たちから信頼されて頼りにされることこそ英雄であり、弱きを助ける騎士の条件だと半ば本気に思っていた(笑)。

あと、自分は将来、歴史に残る偉人になるつもりだったので、私の伝記を書く作家が困らないように、たくさんのネタやエピソードを今のうちにたくさん作っておいてあげようというサービス精神もあった(笑)。

そうこうしているうちに、だんだんとクラスの中の普通の子、いわゆる、先生や親が喜びそうな「一般的なこと」しか言わないような、フツーの生徒とはなかなか付き合えなくなってきた。

「なにアタリマエなこと言ってんだよ」
「なにオトナが喜びそうなこと言ってるんだよ」
「なにツマラナイことをオモシロそうに話すんだよ……」

こういう一般的で無難なクローン人間みたいなクラスメートと話したり遊んだりしているうちに、すっげーイジめたくなってくる(笑)。

そのせいで、ときには共同体が生み出す“悪意”や“マス・ヒステリー”の標的にもされたこともあるけれども、そんなんには負けんもん、といつも心を奮いたたせていた。

どうせバカ同士が力合わせたところでタカが知れているぜ、羊は100匹合体したところで、狼には適わないんだぜぇ、と強がっていた。

先生も含めて、そういう“体制側”と戦うことがカッコいいことだと思っていたんだよね。

だからこそ、尾崎豊の《卒業》は今でも嫌いなのです(笑)。
シンパを感じるどころか、直感的に「あ、こいつウソついている。」と感じるから。

と、どうでも良い話に脱線したが、昨日のライブも、主流の中の異端、90%のカレーに対しての10%のラッキョという私がもっとも好むポジション、役割をまっとうできたと思い、とても嬉しい。

個人的には、先日手に入れたばかりの機材が予想以上に効力を発揮してくれて嬉しかったし、今回人前で初めてライブで使用したコートという韓国製の5弦フレットレスベースも私の言うことをよく聞いてくれた。

案の定、私の演奏を聴いて帰る人続出(笑)。

演奏後、私のところに集まってきたのは、ベーシストばかり(笑)。
彼らから、奏法、セッティング、練習方法など細かな質問をされたり、ベース談義に花が咲いたが、それもまぁ想定通り(笑)。

自分が一番届いて欲しい人たちの心を揺さぶることには成功したわけです。

関心の無い人たちには帰るという“無言の抗議(?)”を受けたかもしれないけれども、ピンポイントで定めた狙いには的中したので、まさに目論み通りの楽しいライブだったのだ。

で、そのあとは、飲んで歌って、午前3時ごろに家に帰って、女房と再び酒飲んだり本読んだりして遊びましたとさ(笑)。

(記:2006/07/23) 
(加筆修正:2007/08/29)